京都・吉田神社は「怖い」との噂がある一方で、あらゆるご利益が授かれる最強のパワースポットとしても知られています。
特に、毎年2月に行われる「節分祭」は全国的に有名で、3日間で約50万人もの参拝者が訪れる一大行事。この壮大な神事や境内の神秘的な雰囲気が「怖い」と感じられる理由の一つかもしれません。
本記事では、吉田神社が「怖い」と言われる背景や、驚くほど多くのご利益、見どころを詳しく解説します。参拝前にぜひチェックしてみてください!

- 神社名:吉田神社(よしだじんじゃ)
- ご祭神:健御賀豆知命・伊波比主命・天之子八根命・比売神
- ご利益:厄除・開運・学問向上・縁結び・夫婦和合
- 旧社格:官幣中社(式外社・別表神社)二十二社
- 住所:京都府京都市左京区吉田神楽岡町30(Googleマップ)
- 駐車場:無料駐車場あり
- アクセス:京阪電車「出町柳駅」下車 徒歩20分
- 営業時間:9:00~17:00(授与所)
- 【京都神社アクセスマップ】見ればわかる最強便利ツール(画像付)
すべてのご利益がここに!究極のパワースポット「大元宮」






正式には「斎場所大元宮」(さいじょうしょだいげんぐう)という末社扱いとなっている大元宮ですが、吉田神道においては総本社とされている社です。
建物八角形で一般の社殿とは違い珍しい建物となっています。
※大元宮は正月3日間と節分祭及び毎月1日でないと社殿の前まで行くことができません。
ご祭神は宇宙の根源神である虚無太元尊神(そらなきおおもとみことかみ)でその周りには延喜式内社の全3132座の天神地祇八百万神の他、全国の神々をお祀りしているので、この大元宮を拝むことは日本中すべての神社を参拝したことに等しいとし、伊勢神宮より上であるとも言われています。
すべてのご利益が授かれるほどすごい社なのになぜ吉田神社の末社なのかを説明すると…
元々吉田神道(唯一神道)は大元宮を建て吉田神道を見える形で一般に広めようとし、伊勢神宮を含む全国の神社を吉田神社の統制下におこうと考えていました。
そして文明16年(1484年)には現在地に斎場所大元宮を創建し、虚無太元尊神を遷座しました。
更に天正18年(1590年)には後陽成天皇(ごようぜいてんのう)の勅命により天皇の守護神である「神産日神(かみむすびのかみ)高御産日神(たかみむすびのかみ)玉積産日神(たまつめむすびのかみ)生産日神(いくむすびのかみ)足産日神(たるむすびのかみ)大宮売神(おおみやのめのかみ)御食津神(みけつかみ)事代主神(ことしろぬしのかみ)」をお祀りする八神殿を大元宮の後方に祀り、その地位は完全に伊勢神宮を上回るものとなりましたが、明治5年(1872年)に八神殿は皇居に移すことになりました。
それ以降は、天皇家の祖先である天照大御神(あまてらすおおみかみ)をお祀りする伊勢神宮こそが日本の最上位の神社であるという国家神道が勢いを増し、吉田神道は衰え大元宮は吉田神社のいち末社として鎮座しています。
春日大社のご祭神を勧請した吉田神社の歴史



貞観元年(859年)に平安時代の公卿(くぎょう)である藤原山蔭(ふじわらのやまかげ)が氏神として奈良の春日大社の神を勧請したのがはじまりとされています。
後に、平安京における藤原氏全体の氏神として崇敬を受けるようになりました。
卜部氏(うらべうじ)が鎌倉時代以降は、神職を相伝するようになり、室町時代末期の文明年間(1469年~1487年)には卜部兼名の子である吉田兼俱(よしだかねとも)が『吉田神道』を創始し、拠点として文明16年(1484年)に「斎場所大元宮」を建立しました。



ご祭神
- 第一殿:健御賀豆知命(たけみかづちのみこと)
- 第二殿:伊波比主命(いはいぬしのみこと)
- 第三殿:天之子八根命(あめのこやねのみこと)
- 第四殿:比売神(ひめがみ)



ご利益
健御賀豆知命・伊波比主命は厄除け・開運の神で、天之子八根命は学問の神であり、比売神と合わせて夫婦神として良縁・夫婦和合のご神徳があります。
- 厄除
- 開運
- 学問向上
- 縁結び
- 夫婦和合
吉田神社が「怖い」と言われる理由



吉田神社は、節分祭での鬼やらい神事や、境内の竹中稲荷社の独特な雰囲気などから、「怖い」と感じる方もいます。しかし、これらは神聖な儀式や歴史的背景によるものであり、実際には厄除けや開運のご利益がある神社です。
吉田神社の境内社(摂社・末社)
神楽岡社(摂社)



神楽岡社(かぐらおかしゃ)のご祭神は水を司る・雷除の神の大雷神(おおいかづちのかみ)・大山祇神(おおやまづみのかみ)・高龗神(たかおかみのかみ)の3柱を祀っており「神楽岡町地主の神」として信仰を集めています。
創建は定かではありませんが、延喜式に記されている格式高い社です。
若宮社(摂社)



摂社の若宮社(わかみやしゃ)は慶安元年(1648年)に無社殿で祀られてあった社を現地に造営して摂社に定めた社で、ご祭神は本宮第3殿「天之子八根命」と第4殿「比売神」の御子「天忍雲根命」(あめのおしくもねのみこと)を祀っています。
水徳の神としてご神徳があります。
神龍社(末社)



ご祭神は吉田神道を大成された大元宮の創始社の吉田兼俱(卜部兼俱)をお祀りしています。
今宮社(末社)



参道の左手に鎮座します今宮社(いまみやしゃ)のご祭神は大己貴神(おおなむちのかみ)・大山祇神(おおやまづみのかみ)・健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)の3柱で木瓜大明神(ぼけだいみょうじん)と称され「吉田町の産土神」として信仰を集めています。
お菓子業界の信仰を集める「菓祖神社」






菓祖神社は果物の祖と言われる橘(たちばな:ミカン科の一種)を日本に持ち帰った田道間守命と日本で初めて饅頭を作った林浄因命の2柱を祀る神社で、京都菓子業界により昭和32年に建立しました。
ご祭神:田道間守命(たぢまもりのみこと)・林浄因命(はやしじょういんのみこと)
料理飲食の信仰を集める「山蔭神社」



山蔭神社(やまかげじんじゃ)は日本ではじめてあらゆる食べ物を調理調味づけた『藤原山蔭』(ふじわらのやまかげ)を祀り、古来より「包丁の神・料理飲食の祖神」として、業界の信仰を集めています。昭和34年に建立しました。
相殿には商売繁盛のご神徳がある『恵比須神』も祀っています。
竹中稲荷社(末社)



竹中稲荷神社のご祭神は宇賀御魂神・猿田彦神・天鈿女神の3柱をお祀りしており商売繁盛のご利益があります。
明治5年に吉田神社の末社として定められた社ですが、末社にしてはすごく敷地が広く社殿前には舞殿もあり、社殿裏には稲荷を祀る社がたくさん鎮座しています。






社殿裏を進んでいくと竹釼稲荷神社が鎮座しています。神使いの狛狐は新調されていますが、この周辺の祠は乱雑になっています。



この場所は明治初期まで土葬地でお墓だそうです。
たしかに異様な感覚はありました。
天満宮社(末社)



竹中稲荷神社の境内に天満宮社が鎮座しています。
ご祭神は菅原道真(すがわらのみちざね)で学業成就・合格祈願のご利益があります。
おすすめの参拝順序
- 東一条通り沿い「大鳥居」
- 手水舎
- 今宮社
- 本宮
- 神楽岡社
- 若宮社
- 神龍社
- 菓祖神社
- 山蔭神社
- 大元宮
- 三社社
- 竹中稲荷神社
吉田神社のアクセス



- 神社名:吉田神社(よしだじんじゃ)
- 住所:京都府京都市左京区吉田神楽岡町30(Googleマップ)
- 駐車場:無料駐車場あり
- アクセス:京阪電車「出町柳駅」下車 徒歩20分
- 営業時間:9:00~17:00(授与所)
- 【京都神社アクセスマップ】見ればわかる最強便利ツール(画像付)




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